U's aquarium.
〜水のある生活〜
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Diary お魚日記くらげ日記
Essay #1 #2 #3 #4 #5 #6 #7
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− E S S A Y −

I
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D
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X
第1話  はじまりは突然に
第2話  トロピカル・マリン・アクアリウム
第3話  崩壊
第4話  飽くなき欲望
第5話  再始動
第6話  またもや崩壊
第7話  新型登場

ロピカル・マリン・アクアリウム

 本屋には、よく足を運ぶ彼だったが、たいていがSFの新刊目当てだったので、そういうコーナーには近づいたこともなかったが、今日は“趣味のコーナー”で立ち読みをしていた。ペット、しかも海水魚飼育の本が何冊か置いてあったのだ。じっくり時間をかけてすべてに目を通したあと、彼は1冊の本を手に、レジへと向かった。本の名前は、「ザ・海水魚」。魚のカラー写真が前半、後半には飼育の手引きと、初心者の彼にも分かりやすい内容だったので購入を決めたのだった。
 その夜、一晩かけて、じっくり読み込んだ彼は、さっそく翌日、再び海水魚専門店「パラオ2号店」に出かけた。水槽立ち上げ時は、生物濾過に必要なバクテリアが繁殖しきっていないので、丈夫な魚を入れてバクテリアの繁殖を待ち、かつバクテリアの餌となるアンモニアを糞として放出してもらわなければならない。そのための魚をスターティングフィッシュあるいはテストフィッシュと呼び、通常はスズメダイの仲間を使うとのことだったからだ。何も魚を入れていない彼の水槽には、すでに種砂が入っており、バクテリアは餌を必要としているにちがいないのだ。急がなくては。
 今日も天気がいい。平日の昼間に買い物に出かけることが、こんなに気持ちの良いものだったとは気付かなかった。なにより、海水魚飼育という、ちょっとどきどきする新しい目標ができたことが大きな収穫だ。正午すぎに店に到着した彼は、今度はさっそうとドアを開けた。「いらっしゃい」と、今度は女の人が出迎えてくれた。店長の奥さんらしい。店長は、レンタル水槽のメンテナンスで出かけているとのことだった。
 「水槽、調子どう?」と聞かれたので、「うまく動いてるみたいですよ」と彼は応え、「それで、今日はテストフィッシュを・・・」と言いかけると、「あ、そうね、魚入れとかないとせっかくの種砂が死んじゃうからねぇ」。昨日までは海水魚飼育の素人だったが、今日は昨夜の勉強のおかげで、ちょっとはついていけそうだった。「ちょうどスズメが入ってるから見てく?」指差したそこには、まさに群泳と呼べるほど、たくさんの小魚がいた。「コバルトとデバ。デバの方がおとなしいからお奨め」ふむふむ、たしかに本にもコバルトスズメは喧嘩早いので、要注意とあったはずだ、などと彼は思いながら、デバスズメが泳いでいる水槽を見上げた(一番高い位置に、その水槽は置いてあったのだ)。色彩的にはコバルトの方が、デバよりも惹かれるものがある。まさにコバルトブルーの体色は、珊瑚礁の魚をイメージさせた。が、デバも、群れで泳いでいるのを実際に見てみると、けっこういいんじゃないかと彼は思った。本に載っていた写真では、単独のものだけだったので、「なんだかフナみたい」という感想を抱いていたのだった。それに、実物をよく見ると、淡いグリーンから水色と、光の加減によって色彩が変化しているようだ。
 「これは群れる魚だから、たくさん入れても大丈夫」の言葉が彼に決心させた。よし、こいつを群れで買おう。「何匹くらいがいいですか?」と聞いてみる。群れと言われても、いったい何匹くらいが適当なのか、彼にはまだ分からなかった。それにいくら単価300円といっても数がいれば結構な値段になる。
 「90cmだったら、10匹くらいでいいんじゃない?」というわけで、10匹に決定。1匹おまけしてくれたので、結局11匹のデバを袋につめてもらって彼は寮に戻る。魚を買ってきても、いきなり水槽に放してはいけないと本には書いてあった。本のとおり、袋のまま水面に浮かべて30分。温度合わせをしたあと、ゆっくりと袋からデバを水槽の中に放してやった。なんとなくくすんだ色になってしまっているのが気になったが、ランプをつけてしばらくすると元に戻った。最初は水槽の隅でじっとしていたデバ達だったが、やがて水槽の中を自由に泳ぎはじめた。11匹とはいえ、やはり数がいるととたんに水槽が賑やかになる。白いサンゴ岩と透明な水に、グリーンのデバの色は、じつにうまくマッチしていると彼は思った。初めて飼育する海の魚、なんだかまだ嘘のようだった。水槽の水をちょっと指につけて、なめてみる。しょっぱい。間違いなく、これは海水なのだと彼は実感していた。

 1週間は、あっというまだった。その間も、毎日「パラオ2号店」に通った。昼間は、ほとんど客もなく、ゆっくりと水槽を見てまわれるからだ。なかでもお気に入りの水槽が、大きなテーブルの上にあった。120cm水槽。生きたサンゴが、いかにも自然っぽさをアピールしていて、中に入っている小さい魚を引き立てる。ロイヤルグラマという魚だった。小さいくせに、ハタの仲間で、いっちょまえに口を大きく開けて威嚇する。何時間でも、見ていて飽きなかった。それにクマノミ。イソギンチャクと戯れる姿は、じつに愛らしい。大きな水槽が欲しい。彼は、早くもそんな衝動にかられていた。

 「種砂入ってるから、そろそろ魚、追加してもいいよ」という店長の言葉が、発端だった。彼は値段もそこそこ手頃で、欲しかった魚を、ついに購入しようと決意した。“サザナミヤッコ(幼魚)”。深い青色に白のストライプが美しい。大型ヤッコの幼魚は、みんな似たような模様をしているが、他のヤッコの幼魚は、値段がとんでもなく高価だったのだ。その中でサザナミヤッコの幼魚だけは、安価に見えた(それでもデバなんかと比べたら10倍以上の値段なのだが)。それと、クマノミ。ほんとはイソギンチャクも一緒に買おうと思ったのだが、あいにく入荷していなかった。そこで、クマノミは2匹買うことにした(これがあとで大失敗となることに、彼はまだ気付いていない)。
 新しい魚を入れると、水槽が一気に色鮮やかになった。デバのグリーン、サザナミヤッコのブルー、クマノミの黄色。これぞ海水魚の本領発揮といった感じだ。毎日の餌やりが楽しくてしょうがない。海の魚が、これほど人に慣れるとは思っていなかっただけに、その感激はひとしおであった。楽しい日々は、こうして足早に過ぎてゆき、彼の職場復帰の時期がくる。1ヶ月ぶりの出勤だった。朝、いつものように水槽を観察し、餌をやる。今日もみんな元気だ。なんだか会社に行くのも気がラクな感じがした。

 最初にデバを入れてから1ヶ月が経過し、水槽の濾過システムが正常に機能していることが確認できたころ、彼は次に飼いたい魚を本で見つけていた。彼の水槽には、緑、青、黄色の魚がいる。そこに、赤い色の魚を入れてみたい。そう思ったのだ。赤い魚。彼の目を惹きつけたのは“フレームエンゼル”。赤とオレンジを混ぜたような、鮮やかな体色に、黒のストライプ。美しい。
 彼は店長にフレームエンゼルを飼いたいと話した。「他にも注文が入ってるから、今度入荷したら電話してあげる」と言ってくれた。彼は、電話を待った。
 2、3日で店長から電話があった。日曜の朝のことだ。「3匹いるから、好きなの選んでいいよ」というので、彼は開店と同時くらいに店につくように車を走らせる。はたして、フレームエンゼルは、たしかにそこにいた。生で見るのも初めてだが、これほど美しいとは。しかも、それぞれに模様の入り方が違っていたり、色の鮮やかさが異なっていたりして、個体差がある。早めに来て正解だったと彼は思った。「餌はたぶんすぐ食べるようになると思うよ」という店長の言葉も上の空で、じっくり見定める。迷った。どれも甲乙つけがたい。結局3時間迷ったところで、真ん中の水槽に入っていたやつに決めた。なんとなく赤味が強いような気がしたからだ。値段は1万1千円。彼にとって、生き物に使う金額としては過去最高である。それでも、1匹3万だの4万だのというのがごろごろしている水槽を毎日見慣れてしまうと、感覚も麻痺してくるのかもしれなかった。
 フレームエンゼルは、美しいだけでなく泳ぎ方も愛らしい。水槽に入れた当初こそ、こっぴどくサザナミヤッコに追いかけられていたが、1週間もすると、喧嘩もなくなった。自由に泳ぎまわるフレームエンゼルを見つめていると、自然に顔がにやついてくるのが彼にもわかった。そのころ、彼は1つの決断をしていた。それは、もっと大きな水槽を持ちたいということだった。しかも、濾過はオーバーフローで、もっといろんな大きい魚を飼ってみたいと思っていた。生きたサンゴもいいかもしれない。水槽をどこに置くか?彼はメジャーを持って部屋中、計りまわった。そして、ここしかないという場所を見つけた。それはベッドの上だ。ベッドの幅がちょうど120cmあったのだ。「こいつを解体すれば置ける」。水槽を置くためなら、寝る場所をも犠牲にしようというのだ。だが、彼の計算は重大な点を見逃していた。
 幅120cm、高さ、奥行きとも60cmのオーバーフロー水槽システムをアクリルで作るといくらになるか?彼は知らなかった。店長に聞いてみて、彼は自分の計画が遠退いていくのを感じた。「80万〜100万はかかるかな」それが答えだった。そんな資金は、すぐには作れない。だが、待てよと彼は思う。水槽台だけでも、今作っておこう。お金ができるまで、その台の上で、小さい水槽を置けばいい。こうして、アルミの水槽台を7万円で作ってもらうことにした。
 120cm用の水槽台の上には、ちょうど60cm水槽が2つ置ける。彼はさっそく2つ水槽を用意した。なにがなんでも水槽を増やしたい気分だったのだ。2つとも海水水槽にするつもりだったが、ふとしたことで、1つは淡水用になった。水草水槽もいいな、などと思ったからだ。「パラオ2号店」を発見してからというもの、彼は海水魚や熱帯魚のショップを巡るのを趣味にしていたのだった。そこで発見した、とある水草水槽に、ぐぐっと惹かれてしまったというわけだ。海水魚飼育に比べると、淡水を扱う水草の方は、なんとなく気楽に始められたというのもあった。水草の奥深さを知らない初心者ならではの発想である。こうして、彼は水槽を3つ部屋に置くことになった。

 シライトイソギンチャクに、クマノミはよくはいる。彼はクマノミを買ったときから、そのイソギンチャクが入荷するのを待っていた。それがようやく今、報われる。ショップには、大量のクマノミと共に、シライトイソギンチャクがこれまたいっぱい入荷していた。一番イキのよさそうなのを選んで、彼はシライトを1匹購入した。袋につめてもらうのを見ながら、無脊椎生物の奇妙さを実感していた。光がない場所で見ると、なんだか気持ち悪い。が、いったん水槽に入れ、ライトをつけると、触手の先端が蛍光色を放ち、じつに美しいのだ。ざわめく触手も、波を思わせて幻想的だ。ところが、彼の水槽にはクマノミが2匹いた。しかも悪いことに、両方とも同じようなサイズ。たちまち1つのイソギンチャクを廻って壮絶な喧嘩が始まった。一時も休まることなく、相手をつつきまわす。彼がクマノミを2つの水槽に分けようと思った時にはすでに手遅れだった。隔離した方のクマノミは、ぴくぴく体を痙攣させ、ゆらゆら水流に流されてゆく。生き物の死。生々しい現実を見せられると、やはりショックだった。生き残った方は、イソギンをベッドがわりにして、戯れていた。強いものが生き残る。狭い水槽で魚を飼う場合の、組み合わせの問題というのを、彼は身を持って知った。


第3話 崩壊 に続く...


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