|
Top Topic|Log Diary お魚日記|くらげ日記 Essay #1 #2 #3 #4 #5 #6 #7 Link |
− E S S A Y − |
|
失意のうちに年が暮れ、新しい年を迎える。1994年。ある意味、彼にとって、この年は一大転機の時期だったのかもしれない。 全滅した90cm水槽には、再びデバだけが入っていた。濾過バクテリアを維持するためには、生物を入れておかねばならない。しかし、1ヶ月が過ぎ、2ヶ月を過ぎても、水質は安定する気配を見せなかった。アンモニア・亜硝酸レベルは、なんら問題ない。にもかかわらず、デバなどのスズメ以外の魚では、2週間と生存しないのだ。むろんpHレベルも良好。いったい何が悪いのか見当もつかない状態が続く。 ちょうどそんな時期、彼は岐阜市にある“パラオ”という海水魚ショップで、それと出会った。この店は、名前からも容易に想像できるとおり、行きつけの“パラオ2号店”の親店にあたる。ちょっと遠いのが難点だったが、まとめ買いすると、かなり値引きしてくれるので、ちょくちょく顔を出すようにしていたのだ。 「それ」とは、130cmオーバーフロー水槽のことだ。高さ、奥行きとも60cmと、これまた豪快。しかし値段は、なんと36万円!もちろん、水槽本体、濾過槽、蛍光灯、配管込みである。幸い、水槽を置くためのアングルは、昨年、120cm用のを作っていたので、これを流用できる。 なぜ、こんなに安いのか?との問いに店長は応える。「外枠を大量に安く売って、中身をいっぱい買ってもらうためさ。」たしかに、この水槽を魚あるいは無脊椎でいっぱいにしようと思ったら、相当な資金をつぎこまねばなるまい。 彼は購入を即決した。90cm水槽が不調な今、念願だったオーバーフロー水槽、それも130cmが格安で手に入るとなれば、迷うことは何もなかった。 130cm水槽を導入するとなれば、必然的に、アングルの上に乗っている2つの60cm水槽をどうにかしなければならない。これ以上、部屋の中に水槽を置くスペースはなかった。そこで彼はこの際、90cmだけ残して、残りの水槽をすべて撤去することにした。海水水槽の中身は、そのまま130cmに移行すればよいので問題ないが、淡水水槽の中身をどうするか・・・。結局、置き場所に困らないオールインワンタイプのR901を購入し、そこに入れることにした。水槽3本は、パソコン通信で知り合った日本各地のアクアリストの友人から希望者を募り、無料で提供。こうして130cmオーバーフロー水槽を迎える準備は、整った。・・・いや、まだだ。もう1つ忘れてはいけない事がある。今度の水槽はオーバーフローなのだ。当然、アングルの下側に濾過槽が入る。今、このアングルはベッドをまたぐように設置してある。ベッドが邪魔だった。彼はベッドを解体した。解体したベッドは、寮の物置にしまいこんだ。これで、なにもかも問題ない。彼は水槽設置の日取りを、ショップに連絡した。 高さ60cmというのと、幅60cmというのは、同じ60cmでも、何かが違う。高さ60cmの水槽の迫力は、想像以上だった。魚が悠々と上下に移動できる自然さ。まるで水族館の水槽を見ているようだ。 130cm水槽が設置された部屋の一角だけ、なんだか別の空間のような雰囲気だった。水槽は、幅も大事だが、迫力を増すには高さが重要なファクターになることを実感した。 130cm水槽を現金一括で購入したため、中身をそろえる資金がなく、ちょっと寂しい感じだが、まぁ徐々に増やしていけばいい。彼はそう思っていた。憧れだった130cmオーバーフロー水槽が来たのだ、これ以上何を求めるというのか? 春三月。変革の季節。 小春日和の日曜日。いつものように、彼は“パラオ2号店”で魚を物色していた。すでに店長には130cm水槽を買ったことは報告済みだ。「大型ヤッコとかどう?このアズファー安くしとくよ!」「うーん、でも無脊椎も入ってるから・・・」「じゃ、ここのサンゴまとめてどう?」などと最初は魚の話しをしていたが、やがていつものように世間話しになり・・・、日が暮れる。 「熱帯魚も売ろうかと思ってるんだ」と店長が言った。よく熱帯魚屋と間違われてお客さんが来るらしい。そういう人を、わざわざ他の店に紹介するのも、もったいないということのようだ。「でね、」と店長は続ける「あの水槽、いらない?」。“あの水槽”と店長が指差した先には、ディスプレー用に無脊椎を入れてある、どでかい水槽だった。 「アレ、、、ですか?」彼は一瞬、なんのことか分からなかった。「130下取るから、あのハイラックスランプ2個つけて、25万でどう?」なるほど、そういうことか。 店を半分、熱帯魚用にするには、あのでかい水槽が邪魔なのだ。 「アレ、無茶デカイですけど。。。」「うん、2mある。幅2m奥行き60cm高さ55cm」さすがにショップの展示用水槽だけあって、大きさがハンパではない。 (欲しい・・・)と内心思ったが、置き場所をどうする?あんなモノ、とてもじゃないが六畳一間の寮になど置けない。 「ハイラックスランプだけでも、1個15万はするんだよ」と店長が、とどめの一言を・・・。だいたい2mクラスのオーバーフロー水槽など、まともに買ったら100万は、軽く超えるだろう。それが25万。差額25万で手に入れるチャンス。しかもハイラックスランプまでセットときた。 (うーん、どうする?)どうするも、こうするも、置き場所が・・・・ この時だ。彼は漠然と考えていた事が、明確にカタチを持って固まってくるのを感じた。(置き場所がないなら、置ける場所をつくればよい) 「考えときます」そう言って、彼は寮に戻った。 不動産の広告など、それまでまったく関心がなかった。自分には縁がない世界だと思っていたからだ。しかし・・・と彼は思う。ストレス性の病気のため1ヶ月休職して、今は復職しているものの、症状はそれほど改善されていない。何故か?ストレスが、いまだ取り除かれていないからだ。では、どうすればストレスはなくなるか?仕事のストレスは、必要悪みたいなものだ、しょうがない。では、仕事から帰ってからはどうだ?この会社に隣接した独身寮は、やはり会社の寮長によって管理されている。部屋に帰ってきても、本当に心の底から休養できているか?会社の延長状態にあるのではないか?・・・答えは1つ。「寮を出よう」 アパート・賃貸マンションの相場を調べてみた。高い。大学時代の下宿代が1ヶ月で1万5千円、それに比べてこの高さは何だ?8万!いつのまに、こんなにインフレしたのだ。ならば・・・・一戸建て物件の調査。ダメだ、市内はどこも5000万超えてる。 彼はガーデニングも趣味にしていたので、土地が広いことを条件にしていた。 そんなある日、折り込みチラシに目がとまる。“一戸建て3000万から”。物件の場所は・・・関市、隣の市だ。その日、彼は午後から休暇をとって、その物件を売りに出している業者を訪れた。ただの不動産屋ではなく、自前で住宅建築もやっているらしい。材木を積んだトラックが、ひっきりなしに出入りしていた。 オフィスは、整然としており、やけに静かだった。ほとんどのデスクが空席になっている。奥に一人、姿が見えた。 住宅の購入など初めてのことで、どう言えばよいのか迷ったが、ここで迷っていてもしょうがない。彼は思い切って、その奥まった席にいる人に声をかける。 「担当の者を呼びますので、掛けてお待ちください」異様に丁寧だ。 やがて2階から、いかにも営業マンといった風貌の社員が降りてくる。「どういった物件をお探しですか?」にこやかに、その人は言った。 彼の条件としては、3000万程度、庭付き、会社から近いことなどだったが、勤務先名を告げると、「あぁそれならちょうど今、よい物件がありますので、見に行きましょう」と言う。どうやら、うちの会社の社員はお得意様らしい。 車で10分もかからない場所に、その家は建っていた。「まだ内装が未完成ですが、入れますよ」というので、入ってみる。なぜか玄関ではなく、勝手口から入っていく。 14畳のフローリング加工されたLDK。広い。6畳の寮部屋など霞んでしまう。他に1階部分は6畳の和室が2部屋。2階に8畳の和室1部屋、6畳の洋間が2部屋。庭は南向き。広さも、手頃。 彼の頭の中では、水槽の配置をイメージしていた。特に14畳のLDK。ここなら十分2m水槽が置ける。春の明るい午後の日差しが、とても心地好く大きな窓から入ってきていた。 「いかがですか?」悪くない。いや、十分いいかも・・・。しかし3000万もの買い物を、こんなに即決していいのか? 「いいですねぇ、なかなか、いい」「でしょう?」営業マン氏は、自信ありげに言った。オフィスに戻ると、さっそく支払い方法などの、見積もりをやってもらった。月々10万程度、ボーナスで30万。これなら賃貸物件に金払うより、よほど有益なのではないか?と思った。「いきなりお決めになるより、いろいろ比較検討されてみてはどうでしょう?」逆に、営業マン氏に落ち着くように言われた。よほど興奮していたのか? というわけで、その後、他の業者もあたってみたが、一番条件が良いのは、最初の物件だった。 4月吉日大安。彼は契約書に印鑑を押していた。寮を出ようと決めてから、2週間ほどしか経過していなかった。 「水槽を置きたいんです」「水槽ですか?どのくらい重さありますか?」「だいたい1トンくらいかな・・・」「床に補強がいりますね。柱一本入れるだけなので10万もあればいけますよ」あらかじめ、そういう会話がされていた。物件は、まだ未完成状態なので、夏ごろには入居できますとのことだった。 そして季節はあっというまに真夏を迎え、7月下旬、無事2m水槽は、リビングに設置されていた。彼の2m水槽との付き合いは、この時から始まる。
第5話 再始動 に続く... |
ご感想などは、こちらへお気軽にどうぞ
blue@type-u.org |