2002.5.1(Wed)

イチゴの季節

 少し動くと息切れがするという有様だったが、じっと寝ているのも苦痛なのでしばし庭でも眺めて息抜きをする。一面、緑のアメーバのように増殖している雑草の群れを前に、はやく何とかしないと大変なことになりそうだという恐い予感をひしひしと感じつつも、今はただ見て見ぬ振りをするしかない。

 さくさくとクローバーの絨毯を踏みしめ、この春新設した花壇までやってくると、移植したイチゴの株に小さな緑の実がぶらぶらりんと垂れ下がっているのが見えた。そろそろイチゴの季節か。今年もみこりんは恒例のイチゴ採りをしてくれるのだろう。ナメゴンとの争奪戦に勝つための秘策をみこりんが思いついてくれることを期待して、待つとしよう。


2002.5.2(Thr)

冬のような

 毛布に掛け布団を重ねて丸まって寝る。5月に入ってなお、これでもちょうどいいというのはどうしたことか。それでいて朝起きると布団に丸まったまま“汗だく”というのが謎である。暑いのか寒いのか、いったいどっちなんだと自問しつつも答えは出ず。

 ところで毛布に掛け布団という重装備で寝ていると、困ったことが1つある。暑がりのみこりんが、どんどん逃げていってしまうのだ。一緒の布団で寝ていても、すぐにころころと転がり出ていってしまうので、わびしいことこのうえない。半分夏用、半分冬用みたいな布団があったらいいのに、と、つい真剣に考えてしまう今日この頃。


2002.5.3(Fri)

アクシデント

 体調は完全ではないものの、結局GW中に帰省するという以前からの約束を果たすことにする。今回もLicの運転である。高速道路は思ったほどには混んでいなくて、渋滞も軽いのに1度遭遇しただけという幸運に、今回は勝ったかと思い始めた矢先のことだった。
 突然、車体下部に「がつん」という異音が響く。しかし何かを踏み越えた振動はない。唐突な物体の出現を予感させる衝撃音だった。いったい何があったのか。もしも部品が落下したとかいうのであれば大変だ。クルマを止めるべきかどうか考え始めた時、車体は別の異音に包まれていた。まるで路面に無数の突起が生えたかのような摩擦音だ。これは絶対どこかおかしい。そう思った直後、車体は本格的に振動を始めていた。過去の記憶が蘇る。タイヤがパンクしたに違いなかった。

 トンネル内部で停車するわけにもいかず、ががががと揺れつつ安全に止められる場所まで我慢する。振動はいよいよ激しく、もはやいっときの猶予もないように思える。Licがゆるやかに路肩へとクルマを移動させたとき、嫌な破裂音が耳に届く。と同時に、車体が不安定に傾いだ。ようやく停止。窓ガラスの向こうに、白煙が見える。ドアを開け、タイヤを確認。左後輪だ。……「おぉぉ」思わず唸ってしまう光景がそこにあった。タイヤは、ものの見事にバーストしていたのだった。

 三角板を立て、タイヤ交換の準備をしていたとき、JHのクルマが登場。す、素早い。状況を説明して、自力でタイヤ交換に取りかかる。取り外したタイヤには、くっきりと何かを踏んでいた跡が残っていた。高速走行中にそれが外れ、急激に空気の抜けたタイヤは、そのまま破裂へと至ったのであろう。
 目的地まではまだ200キロ以上あり、このままスペアタイヤで走破するには少々きつい。JHの人に最寄りのショップを教えて貰い、先を急ぐ。

 目的のショップは、インターを降りたところですぐに見つかった。情報どおりだ。しかしなんだか様子がおかしい。タイヤ満載のラックが、ピットの奥へと仕舞い込まれようとしている。咄嗟に入り口に貼ってある営業時間を確認すると、祭日は午後7時までとあった。時計の針はすでに午後7時を5分ほど回ってしまっている。急いで店内に飛び込み、事情を説明。どうにかタイヤ交換をしてもらえることになった。じつにきわどいところだった。

 その後のLicの運転は、恐いくらいに丁寧なものになっていた。何度も「もう壊れない?」と念を押しながら実家にたどり着いたのは、夜もすっかり更けてのことであった。


2002.5.4(Sat)

未知の世界

 私がお昼過ぎまで寝ている間に、みこりんとじじばば達は近くの公園まで遊びにいっていたらしい。あとでLicに聞いたところによれば、その公園には巨大な石で出来た恐竜が置いてあったのだという。たぶんトリケラトプスだったと思うと、Licは言った。その石トリケラトプスを、みこりんは異様に怖がったのだそうな。鉄腕DASHの化石発掘プロジェクトは楽しんで見ているのに、いざ本物(というか実物大の)恐竜を目の前にすると、恐怖が先に立ってしまうのだろうか。

 恐くないからと、石トリケラトプスにみこりんを乗っけてやろうとしたその時、みこりんはこう叫んだという。

「きょうりゅうのせかいにつれていかれるっ!!」

 “恐竜の世界”……、ロストワールドみたいなものだろうか。みこりんの想像の中では、恐竜たちが群れ動く異世界が、ぽっかりと口を開けて待っていたにちがいあるまい。我々にはもはや見ることのできない世界だ。
 “恐竜の世界”……、みこりんが“世界”という言葉を駆使したのも新たな発見だった。一度みこりんとこの世界について、語ってみなければなるまい。


2002.5.5(Sun)

謎の渋滞

 二泊三日で本日帰還開始。GWもあと一日。案の定、高速道路は渋滞に満ちていた。
 それにしても謎なのが、“交通集中による渋滞”とかいうやつだ。どうも理由がはっきりしない。インターチェンジ出入り口で渋滞とか、料金所で渋滞とかなら、原因もはっきりしてるしわかりやすいのだが、なんでもないところで渋滞する“交通集中による渋滞”は摩訶不思議。境界線がじつに曖昧である。渋滞してたと思ったら、次の瞬間には普通にクルマが流れているのだ。いったい何でクルマが詰まっていたのかまったくわからない。でも確実に渋滞の境界線は存在している。まるで目に見えない壁でもあったかのよう。ちらと聞いたところによれば、トンネルなどでちょっとスピードを落とすクルマが原因だとか。その影響が後続車輌へと伝播してゆくことで渋滞になるらしいのだが、どうもイメージしがたい。高速道路シミュレーションみたいなものがあったら事象を再現できそうだが、そういう面白いソフトはどこかに転がっていないものだろうか、などと考えてしまう。

 そんな渋滞に阻まれつつも、ようやく高速出口まで残り15キロへと辿り着く。すでに時刻は午後11時を回っていたが、15キロならば今日中に帰り着くことはできるだろう。ところがここに最後の渋滞が潜んでいたのだ。予測によれば、渋滞を抜けるのに80分ほどかかるらしい。これならば下道を走ったほうがまだまし。というわけで、高速を降りる。真夜中の田舎道は、闇がねっとりと濃く感じた。

 結局、我が家へと戻れたのは、翌日になってからのことだった。


2002.5.6(Mon)

自力で帰還

 一人で友達の家まで遊びに行くというみこりんに、安全な歩道の歩き方と危機対処のノウハウを念入りに授け、送り出す。同じ団地内とはいえ、昨今の社会情勢では不安のほうが大きい。しかも今日が初めての一人歩きである。とはいえ、心配だからと親がずっと同伴することもまた無理な話で、いずれはこういう日が来るのである。腹をくくらねばなるまい。
 元気に歩道を歩いてゆくみこりん。角を曲がるまで見送ったあとは、ただひたすらに黙々と雑草を抜く作業に没頭した。

 みこりんのいない静かな庭にもそろそろ慣れ始めた頃である。ふいに木戸をくぐってみこりんが戻ってきた。やけに早かったなと思い、訪ねてみると、みこりんは言った。「ねこがいたのでもどってきた」と。
 みこりんは放し飼いの猫にとても弱い。特にこのあたりにたむろしているふてぶてしい猫は、大人が少々威嚇しても簡単には動じないほど肝が据わっている。ちっこいみこりんが太刀打ちできないのは道理である。

 だが今日のみこりんは、いつもとは違っていた。再度、チャレンジすると言い出したのだ。今度は猫のいない道を行くという。みこりんの選んだ道に猫がたむろしていないことを祈りつつ、再び送り出してやった。無事にたどり着けますように。
 ところが、今度はさっきよりも早くみこりんは戻ってきてしまった。またしても猫なのか。あるいは狸か犬かイタチかカラスか。
 やがてみこりんは言った。「おうちがわからんかった」と。
 どうやらみこりん、そのお友達の家には行ったことがなかったらしい。目的地を知らねば、そこに行き着くことは非常に困難であることを、みこりんは身をもって知ったのであった。

 それでもどうしても外が歩きたいらしいみこりんのために、公園までついていってやることにする。以前、そこで友達と遊んだことがあるらしいのだが、はっきりと場所を覚えているわけでもないらしい。家の外は、すべてが未知の世界なのだろう。
 団地を下り、公園へと到着すると、そこには偶然にもみこりんが遊びに行こうとしていた先の友達がいた。ちょうど遊びに一区切りがついたところらしく、みこりんは誘われるままその子の家へと行くことになっていた。あっという間の出来事だった。バイバイと手を振るみこりんを見送った私は、独り公園をあとにする。はたしてみこりんは無事に戻ってくることができるだろうか。今まで自力で戻ってきたことは一度もないのだ。最悪、行き先は分かっているので迎えにいくことはできるが、不安は残った。

 *

 木戸のかんぬきを工作しているLic。その脇で、私は庭一面に拡がったクローバーを、ぶちぶちと抜き取っていた。長い茎が網の目のように入り乱れ、おまけに小指ほどもあろうかというぶっといミミズがごろごろと転がり出てくる状況で、なかなか作業ははかどらず。気が付けば、辺りは急速に翳りに包まれ、灰色の雲が低く流れ始めていた。
 みこりんが戻ってきたのは、ちょうどそんな頃のことだった。自力で帰り着けたことで、みこりんの顔もなんだか自信に満ち溢れているように感じた。


2002.5.7(Tue)

みこりんはひとりで何をしていたか

 Licと私に、強力な睡魔が取り憑いたのは、夕食後のことだった。みこりんに一緒に寝ようと誘ったのだが、ちょうど幼児用教育ソフトに取りかかったばかりのみこりんには受け入れてもらえなかった。最後の人が食器を洗って、お米研がないといけないんだよと言っても、一向に意に介さず。仕方がないので、みこりんを独りリビングに残し、寝室へと消える。もはや立っているのも困難なほどに、眠りへの誘惑は強烈だった。

 もちろん本気で朝まで寝てしまうつもりはない。軽く仮眠をとったらみこりんの様子を見に行こう……。やっぱりみこりんのことが気になって、意識のどこかが奇妙に鋭く覚醒している感じだった。眠っているような、起きているような、じつに中途半端な状態だ。

 そんな時のことだった。横になった体の、敷き布団側に位置する耳に、リビングのある階下から不思議な“音”が響いてきたのだ。“かつん”というような硬質な音だった。Licが「水道の音ではないか?」と言う。水道?いったい何のために…?下にはみこりんしかいないというのに。
 音は断続的に何度も何度も届いてくる。手を洗っているのではないらしい。「まさか…」と二人して思う。もしやみこりんは、さっきの言いつけを守り、食器洗いをしてくれているのでは。止まない音に、とうとうLicが起き出すことになった。

 みこりんは、お椀を3つほど洗い終えたところだったという。そしてLicにこうも言ったらしい。「ごはんはまだのこってたよ」と。炊飯ジャーの中まで確認してくれていたのだ。みこりん4歳(もうじき5歳)、着々と出来ることが増えていく。迂闊にお願いしてしまうと、本当にやってくれてしまうのだと痛感した一日であった。


2002.5.8(Wed)

ぬめっとしたヤツ

 今日一日の締めくくりとして、歯を磨いていた時のこと。何気なく見た足元に、なにやら怪しい“影”が1つあった。流し台の隅っこに、独特のぬめりと共にぺったりと貼り付いているソレは、改めて目を近づけるまでもなく、ヤツだとわかる。ナメゴンだ。一昨日、Licによってゴミ箱にポイッされたはずだったが、案の定這い出してきたらしい。

 昨日がゴミの日だったので、本当ならばヤツはゴミと一緒に今頃は焼却炉の中だったはず。しかし、ゴミを出し忘れてしまったのだ。ティッシュで丸められたくらいでへこたれるヤツではなかった。
 幸いなことにヤツの足は遅い。少々目を離していても、どこかに消え去ってしまうことはない。私はLicを呼びにいくために、歯磨きを超高速で仕上げた。

 次回のゴミの日は金曜日。も一度ゴミ箱にポイッでは再び復活してくるであろう。そうした私の心配を、Licは恐るべき千里眼で見抜いていたのか。今度はティッシュでつまんだまま、庭へと消えていったのだった。あぁ、これでもう、ヤツが布団に入ってくるんじゃないかという心配をしなくてもよい。ふっと手をついた先で、ヤツの冷たくぬるっとした感触を味わう不安もない。寝るとしよう。心おきなく。


2002.5.9(Thr)

みこりんの危機

 テーブルの上に、ゴマ粒よりも小さな物体が、点々と散らばっていた。色は赤。どちらかというと、固まり始めた血のような赤だ。ただ全体が赤いわけではなく、部分的に白く抜けた領域が存在している。
 十中八九みこりんが持ち込んできたものに違いあるまい。おそらく庭から。

 私の記憶によれば、この物体はヘビイチゴの実を構成している粒々の可能性が高い。だがヘビイチゴは美味くない(と聞いている)。みこりんの絵本でも、ヘビイチゴを食べたヒメネズミは、あまりの不味さに実を放り投げるシーンが描かれている。そんなにおいしくない実が、どうして半ば解体された状態でテーブルの上に散乱しているのか。まさかみこりんが好奇心のうずきに耐えきれず、こっそり食べてしまったのだろうか。私の脳裏にはまだ、2歳くらいのみこりんが、庭でヘビイチゴをつまみ食いして泣いていた映像が鮮やかに浮かび上がるというのに…

 ぼんやりとそんなことを考えている私に、Licが言った。「イチゴあるよ」と。見れば、小皿に熟れ頃にはちょっと早いイチゴが3個ほど乗っかっていた。そして、それに寄り添うように、二回りほど小さな赤い実が3つ4つ5つ……。ヘビイチゴだった。これを食おうというのか。本気なのかみこりん。

 夕食後のデザートタイム。みこりんはうれしそうにイチゴとヘビイチゴの乗った小皿を手にしていた。あぁ、みこりん、本当にそれを食べてしまうのかぃ。みこりんの危機まであとわずか。

 だが結局、みこりんはヘビイチゴもイチゴも口にすることはなかった。食べるタイミングを逸してしまったらしい。こうしてみこりんの危機は回避されたのだった。めでたしめでたし。


2002.5.10(Fri)

突発的事象

瀋陽総領事館事件

 あの映像には続きがあるのではないか、という気がしてならない。じつは撮影してはいるけれど、何らかの“事情”により公開されていないのではなかろうか(騒ぎが大きくなったので早々に撤収した、にしては大胆すぎるような…)。

 しかしまぁ、あんなに“のほほん”と危機意識のないヤツが留守を任されているというのも、じつに日本らしい。身近なところでも、どうしてこんなのがこんなところにいられるんだと、あっけにとられるような連中がのさばってることも多々あり。そういうのに詳細なマニュアルを与えても無駄である。とても実践できるとは思えない。というかなんでもかんでもマニュアル作ればいいってものでもあるまい。物事に臨機応変に対処可能なのがヒトの特性なのだから。
 ただ今回の事件については、マニュアルはなかったかもしれないが、何らかの指示が出ていた予感がする。そう「対処するな」と。


2002.5.11(Sat)

宇宙へ…

 “星の王子さまに会いに行きませんか

 というキャンペーンが、日本惑星協会文部科学省宇宙科学研究所共同で5月10日より展開中だ。
 何をするものかというと、小惑星のサンプルを持ち帰るサンプルリターン・ミッションのために打ち上げられる探査機MUSES-Cに、名前を刻み込んだプレートを一緒に持っていってもらって、小惑星に投下してきてもらおうというもの。目指せ100万人ということで、ミリオンキャンペーンらしい。ちなみに締め切りは7月6日。七夕一歩前。

 もちろん今回も応募した(1998年にも、火星に名前を刻んだプレートを送ろうというキャンペーンがあったのだ)。連名で登録できるので、家族3人ばらばらになることもない。
 いずれは“名”だけではなく、“身”のほうも宇宙に行きたいものだが、有り余る財力もなく、なかなか現実は厳しいようである。みこりんの世代になっても、ひょいと簡単に宇宙旅行とは、ならないだろうなぁ……


2002.5.12(Sun)

入れ替わる野菜達

 根っこが太らずに、ど派手に花を咲かせまくっていた大根や、同じく結球せぬまま花*花*花だった白菜やらを、ついに撤去することにした。花が咲いているうちは、アブやらハチやら蝶々のために黙認していたが、種をたわわにつけた今が抜きどきである。ついでに葉っぱばかりが茂ってしまったニンジンも抜こう。
 そうやって菜園1号&2号をすっきりさせたあとは、そろそろ夏野菜の出番となる。でも今年はどうしたことかさっぱり発芽しない。特にナス、ピーマン、シシトウといったおいしい面々が全滅だ。タフなトマト、キュウリの発芽率は素晴らしいのだが…

 もう一度種をまき直せばぎりぎり間に合うのかもしれないが、もし間に合わなかったら大変なので、遺憾ながらホームセンターで苗を買ってくることにした。はや半額セールなども始まっており、春物もおしまいの雰囲気の中、ナスやらピーマンやら唐辛子やらを選ぶ。いずれも無難なものにしておいた。今年はLicから「普通のにして」と強く希望されているのだ。家計のためにもその方がいい。

 買ってきた苗は、とりあえずポットのまま庭にひと並べ。今日はもうカラスが鳴いたので作業終了。

“ぬめっ”

 キャベツの中からムカデザウルスが踊り出してきたら、なかなか恐いものがある。お昼に菜園1号から収穫してきたキャベツの中に、そいつはいた。長いものが跳ね動く様は、脳みそのかなり古いあたりで恐怖を覚えるようだ(でもキャベツを捨ててはもったいないので、そのままおいしく晩ご飯の食材となったのであった)。
 では、“ぬめっ”としたやつの恐怖はどうかというと、これもまたなかなかたまらないものがある。今日の餌食はみこりんだった。

 庭でボール遊びをしていたみこりんが、なにやら真剣な顔つきで寄ってきた。ぐいと手を差し出すので、何かと見れば、ちっこい人差し指に、これまた小さなナメゴンが1匹貼り付いていたのだ。しかも半分潰れさし。どうしてほしいのかと問うまでもなく、取って欲しいに決まっている。だが、私も“ぬめっ”としたのにはたいへん弱い。だから私はみこりんの手をとり、そっとウッドデッキに…なすりつけたのである。つぶさないように、慎重に慎重に。

 はい、とれた。だが、みこりんの狭い眉間には、縦じわが刻まれていた。「まだぬるぬるする〜」と怒りながら、さらに指をウッドデッキになすりつけるみこりん。よほど“ぬめっ”が堪えたとみえる。プラナリアには触りたがるみこりんだが、ナメゴンの“ぬめっ”には弱かったか。こうして年齢を重ねるにつれ、苦手なものが増えてゆくのだろうか。あるいは最初から苦手なものは決まっていて、それを確認しているにすぎないのか。……私の場合は、どうやら最初から苦手なものは決まっていたような気がする。逆に幼少時代苦手だったものが、今ではわりと平気になっていたりもするような(鶏肉の皮とか、ワケギとか、モヤシとか)。単に感覚が鈍っただけの可能性もあるなぁ。


2002.5.13(Mon)

寝相

 目覚めると、なんだか肩のへんが重いのに気が付いた。起きあがろうとすると、ぴしっと亀裂が入るような痛みが走る。おまけに首の横の付近にも鈍痛があった。昨夜はたっぷりと睡眠を取ったというのに、まだ不足と体が訴えているかのように。
 うすぼんやりとしたカーテン越しの明かりの中で、みこりんがLicの腹を枕にして豪快に寝入っているのが見える。“枕”が高すぎ、首がかくっと曲がっていて、なんだか寝苦しそうな気もするが、すぅすぅという寝息はじつに心地よさげであった。
 私は首をかくかくと左右に倒しつつ、寝室の襖を開けるのだった。一週間の始まりだ。

 ところが仕事を終える頃になっても、肩のあたりの違和感は取れず、首もへんにしこっていた。そのことをLicに訴えてみたところ、原因がわかった。真夜中、みこりんは布団を横断するようなカタチに横になったのだという。その足に追い落とされるように、私は布団の端っこにしがみついていたらしい。もう一蹴りで、私は布団から落ちていただろうとLicは言った。その姿勢が、とても窮屈そうだったという。

 ぎりぎりの攻防戦が、無意識のうちに繰り広げられていたらしい。どうやら布団をもう1組、横に追加しなくてはならないようだ。床全体を布団で覆ってしまえば落ちることもあるまい。


2002.5.14(Tue)

5惑星集合

 見頃と言われていた昨日もやはり、日没後の空は、なんだか分厚い磨りガラスに覆われたかのような状況だった。かろうじて木星らしき姿が確認できたが、地形の悪さもあり、残りの4惑星は結局、視界に捉えることはできなかった。もっと開けた場所まで出ないとダメだ。でもそれ以前にこの透明度の悪さをなんとかせねば……。天候のうらめしい今日この頃である。

 ちなみに“つるちゃんがお届けする天文シミュレーション。”から、内惑星の位置で5惑星の位置を確認することができる。

 次回の5惑星集合は2040年9月。微妙な時期だが、もし存命ならば再び空に惑星の集っている様を捜そうと思う。


2002.5.15(Wed)

2つのベッド

 21時、魔界都市・新宿に降り立った…。どこへ流れてゆくのか大量の人波ができている。こっそりと合流した。
 膨大な人の群れは、やがて数々の路地に吸い込まれるように消えてゆき、やがて周囲に人の姿もまばらになっていた。歩き始めてまだ10分も経っていなかったが、なにやら寂しげな街並みが、そこにあった。私は胸ポケットから名刺入れを取り出し、中に挟んでおいた地図を確認する。方向はあっているらしい。あとは曲がるべき“角”を間違わなければ、たどり着けるだろう。様々な安っぽいネオンに照らされてはいるが、奇妙に静まりかえった路地を急ぐ。

 やがて目指すホテルが見えてくる。フロントのある1階には、レストランも併設されていたが、周囲の人気のなさとは対照的に、ほどほどに席は埋まっていた。その場に集った人々は、おそるべき静寂を好むのか、人語はまったくといって聞こえてくる気配はなかったのである。
 受付と支払いを済ませて、エレベータに乗り込んだ。ほどよく狭い。背後の天井付近で作動中の防犯カメラが、いつになく気になった。

 部屋番号を確認し、ガチャリと鍵を差し込み、回す。かちりと音がしたのを確認して、ドアを開け……開かない。もう一度鍵を戻し、も一度回す。かちり。今度こそと力を込めたが、ドアはびくともしなかった。そんなことを3回ほど繰り返したのち、この鍵の仕組みにようやく気付いた私は、やっとのことで部屋へと入ることに成功したのであった。回したあとで、20度ほどさらに力を込めて捻らねば、ロックは解除されなかったのだ。しかも鍵を抜いてはいけない。やられた。

 部屋の明かりをつけると、一瞬目が点になったと思う。そこにはなんと、ベッドが2つ並んでいたのだ。シングルのはずだったが、これはどう見てもツインである。部屋もそれ相応に広かった。ソファまである。扉の内側に貼られた見取り図を確認したが、やはりこの部屋の定員は1名となっていた。きちんとベッドメイクされ、びしっと糊付けされた浴衣が乗ったベッドは、はたしてどちらが本物なのだろう。きっとこれは罠に違いあるまい。どっちかが“眠れずのベッド”なのだ。あるいは“起きずのベッド”なのかもしれん。恐るべし魔界都市。

 結局、窓際のベッドを選んだ。明日は早い。布団に潜り込み、寝る体勢。うつらうつらとし始めた頃、窓の向こうから音楽が流れ込んでくるのに気が付いた。いかにもチープなしゃりしゃりいう音は、ラジカセからと思われる。加えて複数の人の声。

 たむろってたヤツらが明け方まで同じだったかどうかはわからない。だが、この夜、ほとんど途切れることなく音楽は流れていた。時折、サイレンを鳴らしてパトカーがやってくると、いっとき静かにはなったが、しばらくすると元の木阿弥だ。そんなことが夜の間、3度ほど繰り返された。
 音楽はたいして気にはならなかった。人の声も、さして耳障りなものでもなかった。それでも眠りが浅かったのは……、やはりこっちのベッドが“ハズレ”だったからなのかもしれなかった。


2002.5.16(Thr)

雨の公園

 午前9時、バスを降りる。すぐそばには公園の入り口がぽっかりと開いていた。この公園をつっきって反対側へ抜けると、今日の目的地に到着できるらしい。
 コンクリート建築がぎっしりと並ぶ街並みにあって、公園へと続く入り口は、まるで異質な雰囲気を醸し出していた。そこだけすこーんと抜けるように、だだっ広い空間が待ち受けているのだ。向こうの方に、マッチ棒くらいの大きさに人間の姿が確認できる。かなり奥深い。しかも公園内周の輪郭が、ここからでは見通せなかった。

 入り口を抜ける。とたんに視界に飛び込む鬱蒼たる木々の群れ。古い土地だ。社でもありそうな雰囲気だったが、その代わりに大きな噴水が目に留まった。一段低くなったところに人工の池があり、その中央に櫓のように組まれた噴水が立っている。夏ともなれば、おそらく小さい子供らで賑わうことだろうが、今は寒々とした雨が、空からぽつぽつと降り始めてきたところだ。なんだか初冬のような色彩に包まれた公園には、人影もほとんどなく、音がなかった。

 開店前の売店付近に、いい具合に屋根がかかっていたので時間まで雨宿り。ぼぅっと意識を抜いていたら、なんだか見つめられているような気がして、振り返る。
 黒く、いかにも重たそうな金属の塊だった。前照灯が、一つ目のようにこちらをじっと見つめている。蒸気機関車、D51がそこにあった。
 しばらく見つめ合った後、ふと、ここにみこりんを連れてきてやったら喜ぶかなという考えがよぎる。乗り物には比較的好意的なみこりんだから、きっと楽しんでくれることだろう。あぁしかし、遊びに来るにはここはちょっと遠すぎた。出張でもなければ、そうそう立ち寄ることもないだろう。じつに惜しい。

 時間だ。公園の反対側の出口を目指して歩き出す。蒸気機関車の横を過ぎ、小径を抜けると、そこは再び活気ある街並みが待っているのだった。


2002.5.17(Fri)

黒子の謎

 じぃぃっと見られているなと思ったら、案の定みこりんが「これなぁに?」と指差し聞いてきた。ちっこい指先が示しているのは、私の右手親指の付け根だ。はたしてそこにいったい何があるのか。私も気になって食い入るように見つめてみたのだが、特に珍しいものはなさそうな……、いや、もしかするとみこりんが知りたがっているのは、これかもしれん。でも、なぜこれを今更不思議に思うのだろうか。ただの黒子(ホクロ)なのに。

 私はちょっとこわごわと確認してみることにした。親指付け根にある直径1ミリほどの黒子のことを聞いているのかと。
 するとみこりんは大きく頷き、まさにそれを聞いているのだと言った。

 な、なんてこった。私はおおいにショックを受けていた。すっかり黒子について教えていたつもりになっていたが、じつは一度もみこりんに話したことがなかったのではあるまいか。事は黒子だけにとどまらず、もっといろんなことを教え忘れているのではなかろうか、という恐い想像が沸き上がる。

 だがここでうろたえてはいけない。まだ手遅れではないのだ。黒子について、ひとしきり説明したあと、ほら、みこりんのここにもあるよと指さしてやった。本気で驚いているらしいみこりん。な、なぜだ。これまで鏡で見たことはなかったのか。そう思ったものの、みこりんはこれまで黒子について気にしたことがなかったから、鏡に写ってはいても、“見えて”はいなかったのかもしれない。
 みこりんの新しい発見は、まだまだ身近に潜んでいるようだ。なんだかちょこっとうらやましかったりもして。


2002.5.18(Sat)

青いヤツ

 「やはり夏は朝顔に限る。しかも青いヤツ」と、今更ながらに思う。“花の種”売り場でのことだ。目の前にずらっと並んだ朝顔の種袋。その中の1つに手を伸ばし、カゴに入れた。

 我が家の朝顔は、もはや改めて種をまくまでもなく毎年今ごろの季節になると、無数に発芽してくるほどに野生化している。だがしかし、そのほとんどが白か薄いピンクの花を咲かせるもので、ごく希に紫色のが混じる程度だった。青いのはない。朝顔の種を初めて庭に播いた時には、もっと多彩な色があったようにも記憶しているのだが、いつのまにかこういうことになっていた。だがそれも今年限りだ。この夏からは青い朝顔が盛大に花を咲かせてくれることだろう。

 満足げにほくそ笑む私に、Licは言った。「白や薄いピンクのは、強いのではないか」と。自然淘汰の結果、我が家では白や薄いピンクしか残らなかったのではないかと、そうLicは指摘するのだ。つまり、青も来年には消えてしまうのではないかと……。

 青いヤツが咲いた後は、忘れずに種を採っておかねばなるまい。

 *

 青い朝顔と一緒に買ってきたヒマワリの種を、みこりんと一緒に播いてみた。いろんな種類のヒマワリが咲く、ミックスタイプだ。種に土を被せて種まき終了。次は、プラグトレイですくすくと大きくなっているキュウリやらトマトやらブロッコリーやらの苗を、ポットに移す。この作業も、すっかりみこりんは覚えてしまったようで、もはや私がいろいろと口を出す隙もない。ちなみにみこりんのお気に入りは、プラグトレイから苗を抜き出す作業らしい。穴から割り箸で突くと、小さなブロック状の土が“ぽくっ”と飛び出てくるのがツボにはまっているようだ。たしかにあれは、上手に抜けると気分がいい。焼きサンマの身が、ぺりぺりっと骨からキレイに剥がれるのと同じくらいに。

 最後にポット苗で買って育てていた伏見甘長やら唐辛子やらピーマンやらプチトマトやらを、庭に定植。ピーマン系は、市民農園のねばった土(元が田んぼ故)ではうまく育たないような気がしたので、今年は全部、庭で育てることにしたのだ。庭にはピーマン系が大好きなカメムシが、わんさと出てくるのだが、立ち枯れてしまうよりはまだマシだ。でも出来ればカメムシには遠慮願いたいものだが。なにしろアレは捕殺すると、なかなかえぐい臭いを発するので、罪悪感がひしひしと…。カメムシの天敵の登場に期待したい。


2002.5.19(Sun)

消えゆく綿菓子

 曇、そして青空、のち雨、ふたたび抜けるような青空と、今日の空模様はなかなかめまぐるしい展開を見せていた。朝、曇のうちにみこりんと団地の公園までお出かけ。ささやかなお祭りがあるので、無料の綿菓子にありつこうという魂胆である。

 みこりんに手渡された綿菓子は、顔よりも大きいくらいの巨大サイズだった。さすがのみこりんも最初は面食らっていたようだが、食い気の前には巨大さなど無意味だった。がつがつと食いつくみこりん。歯ごたえはなさそうだが、じつに満足気である。
 しかし巨大ゆえ、なかなか減らない。そのうち、下の方からぽたぽたと滴が落下し始めた。どうやら空気中の湿気を吸って、繊維状になった砂糖が液体へと変化していっているらしい。まるでソフトクリームが溶けていくように、綿菓子は急激に姿を変えつつあった。急げみこりん。綿菓子が消える。

 膝やら腕やら口のまわりやらをべったべたにして、どうにか食べ終えたのは30分後のことであった。

オケラの顔

 じつに1ヶ月ぶりくらいで市民農園へとやってきた。週末ごとになんやかやで時間がとれずに、畝を立てたまま放置してしまっていたので、雑草が怖いことになってるんじゃないかとある程度は覚悟していたのだが……、まぁ許容範囲内だったのでほっとする。
 膝くらいまでびっしり生えていたらえらいことだったが、びっしりはびっしりでも足首くらいまでだったので、ホーで土ごと掘り返し、ひっくり返せば退治できる。手で1本1本抜くのと比べたら、どうということはない(でも次回からはちゃんとマルチして雑草が生えないようにしなければ)。

 そうやって土を掘り返していると、ぴょんと飛び出てきたものがあった。オケラだ。
 みこりんにオケラを教えてやっていると、みこりんよりも食いつきよく飛んできたのがLicだった。聞けば、オケラを見るのは初めてという。……な、なんてこった。
 つくづく、オケラは土の生き物なのだなと思い知る。私が子供時代を過ごした場所は、土には不自由しない領域だった。オケラはいるのが当たり前な生物だった。でも、Licの育った場所には土がそれほど贅沢にはなかったのだという。『手のひらを太陽に』の歌に登場するオケラの姿も、場所が変われば謎な生物だったのだなぁとしみじみと思うのであった。

 雑草取りが済んだ畝に、持参してきた野菜のポット苗を、1つ1つ定植してゆく。ナスにトマトと、連作が気になる野菜ばかりだ。連作障害のおそれのない畝の大部分は、今はまだタマネギに占領されているため使えない。悩んだ末、デルモンテのトマト苗だけは連作障害のない畝へ、その他は仕方なく同じナス科の野菜が植わっていた畝へと割り振った。来年はもっとうまくスケジューリングすべし。
 さくさくとスコップで穴を開け、元肥をさらさらっと入れて、土を軽く戻して苗をすぽっと入れ、きれいに埋め戻す。途中まではみこりんも手伝ってくれていたのだが、やがて近くを流れる小川に魅せられ行ってしまった。なにやら熱心に網をふるっているようす。いったい何がいるのだろうか。

 定植作業を終えて、覗きに行ってみると、プラケに何かが入っていた。石…のようだが、こ、これは…、貝だ。やっぱり貝を捕まえていたみこりんだった。口では魚を狙っていると言っているのだが、網は川底に貼りつく貝に向かっている。動かないから捕りやすいんだろう。でも、貝はこのまえ大量にとってきたばかりである。水槽で飼うにも限度というものがあった。
 みこりんもそのことには気付いてくれたので、無事に貝は小川へと戻っていった。いずれ小魚が現れる。その時までの辛抱だ。


2002.5.20(Mon)

紙の人形

 最初はみこりんと折り紙をしていたのだが、途中で何故か人形劇に変わっていた。折り紙で折ったものを、紙を丸めてつくった筒にくっつけて、人形劇に登場するモノの出来上がりだ。みこりんが突然思いついたらしい。

 飛行機に、兜、そして鶴、金魚、剣に、花。役者は揃った。
 箱形のオモチャを舞台にみたてて、みこりんがその背後へと隠れている。そして両手で人形をぐぐっと突き出し、物語は始まった。みこりんが語る。「むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんがいました…」どうやら桃太郎らしい。舞台には紙飛行機が登場している。これが“おばあさん”だろうか。

 せっせと人形を持ち替えながら、お話は桃が流れてくる辺りにさしかかる。と、ここで突然、物語のバトンが私へと移されてしまった。やはり紙飛行機が“おばあさん”というのは無理があったのだろうか。
 そんなことを考えつつも、鶴が持ち駒にあるので、鶴の恩返しの変形版を私は咄嗟に語り始めていた。しかし、どうしても紙飛行機登場のあたりで、怪しくなってしまう。みこりんはこの紙飛行機が気に入っているらしい。何度も何度も紙飛行機が出てくるので、やがて鶴のお話は破綻を迎える。

 みこりんの人形操作は止まらない。続きを語らねば。
 私は無理にストーリーをつなぐのを諦めた。ここはみこりんの操作に合わせるしかない。そう思ったのだ。現れては消えてゆく6つの人形。鳥が飛行機に乗り、鬼に戦いを挑み、海に潜る。なんだかめちゃくちゃっぽいが、みこりんは気にする気配はない。やがて物語はハッピーエンドで終わった。

 恐るべきみこりん。最初から計算づくなのか(いやたぶんそれはないとは思うのだが)。つくづく、この有様をビデオに残しておかなかったのを後悔したのだった。


2002.5.21(Tue)

靴箱の上

 日ごと散歩に出掛けているみこりんの保育園では、靴箱の上にずらっとプラケが並んでいる。散歩の途中で捕まえてきた生き物達が、飼われているのだ。

 もっともポピュラーなのが、オタマジャクシ。やはり捕まえやすいのだろう。わらわらといる。その隣にはタイコウチ(みこりんはタガメだと主張していたが)。まだこういう水棲昆虫が幼児にも捕獲できるほどに生息していることを、うれしく思う。
 みこりんが捕まえたというザリガニの赤ちゃんは、同じく先生が捕まえたザリガニの赤ちゃんと一緒に、仲良く1つプラケの中に入っている。体長1cm。じつに可愛らしい。餌は何をやってるのだろうか。

 そして一番端っこにいたのが、トノサマガエル。プラケの中で、“ちまっ”と、かしこまって座っている。じつにお行儀がよい。あどけない目玉が、じっと上の方を見つめていた。できれば彼はプラケではなく、目の粗いカゴで飼ってあげて欲しいが、先生気付いてくれるだろうか。

 靴箱の上の面々は、季節と共に変わってゆく。


2002.5.22(Wed)

待ち続けた花

チリーアヤメ 穏やかな朝のことだった。いつものように鉢植えの水具合を確認していると、鮮やかな紫が目に飛び込んできた。あまりに突然、あまりに唐突、だが、間違いなく開花している。昨日まではまったくそんな音沙汰はなかったというのに。

 チリーアヤメの花だ。国華園のカタログで見つけて注文したのが、5年前。カタログ説明には毎年こぼれ種でよく増えると書いてあったが、なかなか花が咲かずにやきもきした。そのうち球根の数は減っていき、今では4〜5個が残るのみ。そのうちの1株に、ついに花が咲いたのである。写真でしか見たことのなかった花が、ついに肉眼で拝むことができた喜びに、思わず出勤時間が迫っているにも関わらず長々と観察してしまった。

 この花は、一日でしぼんでしまうという。だから、消えないうちに激写しておいた。願わくば、来年も見ることができますように。


2002.5.23(Thr)

ケリ

 Licの仕事場の近くには、従業員用のグランドがある。グランドを突っ切るのが近道なので、Licもよく通行していたらしいのだが、近頃そこが通れなくなってしまったのだという。近道がバレて通行禁止になったわけではない。グランドの真ん中に、ケリが住居を構えてしまったのが原因だった。

 卵は4つあった。なぜそんな詳細がわかるかといえば、親切にもそういう看板が立っていたのだそうな。ケリは、卵や雛を守るために、敵に対して果敢に攻撃を加えたり、擬傷(わざと怪我をしたように見せかけて敵の目を親に向けさせる行為)したりするという。実際、グランドを人が通りかかったりすると、たちまち激しい雄叫びと共に、急降下攻撃を喰らっていたらしい。だから結果的に通れなくなったと、そういうことのようである。

 その甲斐あってか、雛はすくすくと成長し、ついに巣立ちを迎えているのだという。看板には逐一経過報告がなされ、孵化したのが2羽であることも判明している。しかも今では双眼鏡まで吊されているらしい(野鳥好きな人がいるようだ)。至れり尽くせりである。

 ケリ。この辺りでは増えているらしい。


2002.5.24(Fri)

台風のとき、何を着て歩くべきか

 台風が来たら、傘をさしては歩けないという話でみこりんと盛り上がる。みこりんは、傘の代わりに「とうめいなかぶるのをきたらいい」としきりに訴えていた。透明な被るやつ。…雨合羽のことだろうか。みこりんの雨合羽は、花模様で透明ではないし、私のもポピュラーな深緑色。どこから“透明”というイメージが出たのか定かではないが、おそらく雨合羽のことに間違いあるまい。

 「合羽を着なあかんねぇ」と言う私に、みこりんは「うんうん」と強く頷いてくれている。やはり雨合羽のことだったらしい。そう思いかけた頃、みこりんの「かっぱはおみずがすきだからだいじょうぶ」という言葉に、頭上を疑問符が踊り出す。さらにみこりんは続けた。「あたまにね、こうやっておみずためて〜」…、み、みこりん、それって「河童?」「うん、かっぱ」

 どこかで話がこんがらがっているようだ。最初は確かに二人とも雨合羽のことをイメージしていたのに、途中で互いの考えているものが違ってしまっている。でもなぜか破綻せずに会話は続いていた。水に関連する話題だからだろうか。でもそのおかげで、合羽と河童の違いについて説明するのをすっかり忘れてしまっていた。ちょこっと不安。


2002.5.25(Sat)

ぐるりと回って

 みこりんの通っている保育園ではこの時期、保護者同伴でのお散歩大会が催される。参観日の変形版のようなものだ。これまではずっとLicが参加していたのだが、今年は私が出てみることにした。

 園庭に集合した親子の群れに、みこりんの手を引いて加わる。そんな中、年長組さんは子供だけで整列していて、なにやら逞しくもあり。来年はみこりんもあの列に加わるのかと思うと、寂しくもあり。空は一点の曇りなくインディゴブルーに仕上げられている。朝から猛烈な太陽に、剥き出しの皮膚が“ちりちり”と炙られている感じだ。

 先生に手渡されたルートマップを確認し、いざ出発。といきたいところだが、時間差スタートを演出するためか、一人一人、先生とジャンケンする必要があるらしい。勝てばスタート、負ければ列の最後尾へと逆戻り。しかも2回勝たねばならないという。いきなりの難関だった。

 みこりんは2回負けた。3巡目にして、ようやく1勝。あいこで同じ手を出し続けたみこりんの根気勝ちだった。4巡目、負け。ふと我に返ると、みこりんのクラスは突出して残ってる子供の数が多いのに気が付いた。…先生、ジャンケン強すぎ。

 蝉の声が聞こえてきそうな暑さの中、ようやくみこりんが2勝目をあげた。出発だ。
 ルートマップによれば、最初の目的地は牛小屋とある。みこりんの導きに従って、先を急いだ。途中、牛に食べてもらう草を摘んでいく必要があったのだが、はて、牛は何を食べるだろうか。ウサギならタンポポやらオオバコやらを好んで食べたような記憶があるが、あいにく牛は飼ったことがない。イメージ的には藁とか牧草をもしゃもしゃしているのがしっくりきそうだが、それだと道々に摘むというにはちょっと違うような。みこりんの考えを聞いてみると、牛小屋の前で草を摘めばいいとの返答だった。どうやらお散歩の時にもそうやっているらしい。「藁は?」と聞くと、知らないとのこと。教えてというので、説明しようとしたら、道ばたに藁がたくさん落ちているのが目に留まった。「そうそう、これこれ」百聞は一見に如かず。稲を刈ったやつだよと教えておく。

 ぷん、と鼻につくかぐわしき匂い。目的地は近い。

 薄暗い牛小屋に居並ぶ立派な牛達。モーとも鳴かずに、異様なほどの静けさに支配された空間がそこにあった。さっそくみこりんの怖がりモードが発動し、私の右側に隠れるように回ってきたのだが、残念ながら牛は左右に配置されていた。右側の牛に脅かされているみこりん。
 それでも餌はやってみたいみこりん、怖々と、さっき牛小屋の前で摘んだ草を放っている。牛の口からまるで別の生き物のように飛び出した、ぬらぬらてかてかとした長い舌がそれを器用にさらってゆく。ちょっとグロいが、これがみこりんのツボにはまったらしい。他の子供が落とした葉っぱやら藁やらも、ぽいぽいと投げ与えるのだった。
 でも触るのはやっぱり恐い(それがたとえ愛らしい子牛であっても)。入り口付近に繋がれていた子牛には、結局触れることなく牛小屋をあとにする。

 次の指令は草で笛を作ること。来た道を戻りながら、草笛にできそうな草を探してみたが、どうもピンとこない。春先ならばスズメノテッポウで容易に笛はできるが、この季節どこにもそんなものはなかった。もしや葉っぱタイプの草笛のことだろうか。あるいは中空タイプの茎を持つヤツを加工するのか。あれこれと試しているうちに、前方からなにやら懐かしい音が聞こえてきた。

 カラスノエンドウの実で作る笛の音だった。人だかりが出来ていた。どうやらそこにカラスノエンドウが群生しているらしい。
 さっそく人垣に加わってみると、たしかにそこにはぷっくりと膨らんだカラスノエンドウの実が無数に成っていた。そうか、実で作っても草笛なんだなと、妙なところに感心しつつ、1つ実を採ってみる。が、手が止まってしまった。つ、つくり方を忘れた…

 たしか両端を適当にちぎって、サヤを開いて中の豆を取り除いて……、20年以上昔の記憶をどうにかこうにか掘り起こし、なんとなくそれっぽい形に加工することはできた(ような気がする)。しかし、どうしても音が出ない。たしか吹き方にもコツがあったような気がするけれど、探究し始めるとお昼までに帰り着けるか怪しくなってきたので、切り上げることにした。いずれみこりんと一緒にカラスノエンドウ笛を練習せねばなるまい。

 次の目的地は池の畔の土手である。そこで子供達は段ボールに乗っかって、土手滑りに興じていた。これもいつものお散歩コースらしい。みこりんも慣れた様子で段ボールを選び出し、滑走開始。秒速10cmほどの可愛らしい滑りだったが、堪えられないほど楽しいらしい。みこりんなりにスリルを満喫したところで、最終目的地へと向かう。小高い山の頂が、目指すポイントだった。

 神社の境内から、そっと山道へと入り込むと、そこはもう鬱蒼たる木々に囲まれ、ひんやりと空気の質が異なっていた。本当に幼児の足で毎日お散歩に来ているのかと驚いてしまうほどに急勾配な山道は、頂に近づくにつれ、明確な輪郭を失い、ただの斜面へと変貌してゆく。さすがに汗が滴り落ちた。みこりんは手を引いてやらなくても、わりと平気な様子でちゃっちゃかと登っていた。慣れた足取りである。
 山頂到着。なんだか時間が押してるらしくて、早めに下山してねと先生から言われたのだが(やはり最初のジャンケンが響いているのでは…)、いざ下り始めると、みこりんの様子がおかしい。まるで氷の上を歩いているような具合に、ツルツルと足を滑らし始めたのである。な、なぜにそこで滑る…、と思うような場所で、ツルツルツルッ。どうやらみこりん、下り道に極端に弱いらしい。慣れの問題というより、怖さが先行してしまって足が前に出ていない感じだ。これはちょっと特訓が必要かもしれんなぁ、などと思いつつ、どうにかこうにか下山に成功。保育園へと急ぐ。途中、様子を見に来ていたLicを加えて、やっとこさ到着したら、すでに昼食が始まっていた。食いっぱぐれないように、急いでみこりんを配膳の列に並ばせるのであった。

 今回の全行程は、およそ1.5km。その中に、山あり谷あり池あり牛小屋あり鶏小屋あり。じつに変化に富んでいる。特に山。毎日森林浴も兼ねてお散歩できるなんて、うらやましい。山中には、野生のクジャク(どこかから逃げてきたのだろうか)が棲息しているらしいとの先生からの情報もあり、ぜひ確かめてみたいものである。


2002.5.26(Sun)

赤い自転車

 その自転車は、我々の到着を待ちかまえていたかのように、展示スペースのもっとも目立つ場所に、ででんと立っていた。メタリックレッドに輝くボディも美しいMTBタイプの16インチ。前カゴはついていたが、その他はいたってシンプルな構造である。みこりんも新車を前にして、落ち着いてはいられない様子。押してみたり、引いてみたり、今すぐにでも乗って帰りたい雰囲気である。
 私も心の中ではこれに決定と思っていたのだが、いざみこりんを装着してみて、頭を抱えてしまった。サドルを一番低くしてもらったにも関わらず、両脚の爪先が、わずかに触れる程度にしか着かないのだ。もうあと一歩、いや1cmみこりんの背が伸びれば大丈夫なのだが…。

 試しに14インチのピンク色したママチャリタイプにも試乗させてみた。が、これはいかにも窮屈そうで、しかもハンドルを切ったときに脇腹に当たっている。却下だ。それではと今度は16インチのママチャリタイプにしてみたら、足つきはMTBタイプよりも改善したとはいえ、やはりハンドルを切ると脇腹に当たる。これから自転車の練習をしようかというみこりんに、この仕様は少々危険すぎやしないか。転けたときに、さくっと刺さってしまっては大変だ。
 というわけで、結局元に戻ってMTBタイプのヤツに決定することにした。どうせ単独では道路を走らせないのだから、脚がつきかねていることくらいどうということはあるまい。ママチャリがみこりんの大好きなピンク色だったため、もしも「これがいー」と主張されたらどうしようと内心ドキドキしていたが、幸いにもこの瞬間は“赤の気分”だったらしくて、すぐに同意してくれて助かった。

 さっそく購入手続きに入る。1万2千円也…、HDD一個分か。ついでにワイヤー錠も買っておく。盗難防止と、みこりんによる単独乗車防止のために。1.8mほどの長いヤツにしておいた。これでガレージの支柱にでも繋いでおけば大丈夫。

 *

 帰宅後、さっそく家の前の歩道で初乗りである。補助輪のおかげでちょっと大きめにも関わらず、わりとうまい具合に乗っている。昨日までは公園で友達の自転車を借りなければならなかったが、ようやくみこりんの自由になる“脚”が手に入ったわけだ。うれしいに違いあるまい。実際、みこりんは何度も何度も何度も何度も、歩道を往復した。団地が山の斜面に沿って形成されているため、下りで気を抜くと、本当に下の下まで行ってしまうので、常に手を添えていなければならないのが難点ではあったが、ブレーキの習得にはいいシチュエーションだ。三輪車にはなくて、自転車にはあるブレーキというヤツを、早急に覚え込ませる必要があった。

 重心が三輪車等よりも高いためか、“下り”のスピード感に、みこりんは最初恐怖を感じていたようだ。ブレーキを握る余裕も、ほとんどなかった。そこでいったん場所を変え、公園で練習させてみることにする。団地の中心にある大きな公園ではなく、いつも静まりかえっている辺鄙な公園の方だ。そこならば、思う存分走り回れることだろう。

 公園で、みこりんは“風”になっていた。まさに疾走であった。ブレーキ操作以外は、ほとんど問題はないように思えた。まぁたまには転けたりもするが、初めてのマシンにしては、悪くない。不人気ゆえに草ぼうぼうの公園で、ぶちぶちと草を抜きながらみこりんの走りを眺めることしばし。補助輪をとっぱらっても、平地ならばなんとかなりそうな予感。というか補助輪なしに慣れるならば、早いほうがいいかもしれない。

 夕方もう一度近所をぐるっとひとめぐりして、自転車をガレージに繋いだ。みこりんはしっかりとロックされていることを自ら確認すると、ようやく安心したようにその場を離れた。この興味が長続きしますように。

山椒の実

 昨日、庭で山椒の実をザルに軽く一杯ほど摘んでおいたのだが、Licによって半分は水に浸され、もう半分は鍋で料理されることになった。もちろん水に浸したほうもいずれは食べる。料理法が違うとのことだった。

 順調に山椒の実は、鍋で煮詰められている…はずだった。ところが、ちょっと目を離した隙に、大変なことになっていたのだ。鍋の中は、まるで焦げ茶と黒の絵の具を混ぜたような形容しがたい色彩の沼に変貌を遂げていた。どうやら焦げてしまったらしい。
 どう見ても食べられそうになかったのだが、諦めきれないLicは試食を敢行する。山椒の実は、ぴりりと辛い。それが焦げて辛さにも磨きがかかってしまったらしい。Licはこれ以上辛いものはないというような顔をしていた。
 残る半分の水に浸した方に期待したい。どんな料理になるのかはまだ聞いていないのだが。


2002.5.27(Mon)

眼前に出現したもの

 晩飯用に、ネギを採ってくるようLicに言われて、どっぷりと闇に浸かった庭へと出る。東の菜園2号には、このところの暑さでへろへろになりつつも踏みとどまってくれている長ネギがいた。それを1本抜いてこよう。
 懐中電灯の弱々しい明かりがなくても、菜園2号にたどり着くことは可能だった。ここはまさに自分の庭だ。どこに何があるかは目をつぶっていても脳内に明確に描き出すことができる。しかし、ウッドデッキから足を踏み出そうとして、なんとなく“予感”がしたので立ち止まった。

 何かが、いる。

 手に持った懐中電灯のスイッチを入れ、前方を照射。突如、空間に亀裂が入ったかのようなビジュアルが出現する。
 ヒトをも網にかけてくれようと言わんばかりの、立派な“蜘蛛の巣”が眼前にあった。こいつが顔に貼りついたら、剥がすのにはかなり苦労しそうだ。これほど丁寧に作られた蜘蛛の巣を破壊するのは忍びなかったが、通路を遮断されては不便なので、どかすことにする。大黒柱に相当する縦糸を、2本ほど切断するだけで、蜘蛛の巣はもろくも地上へと落下していった。

 私は無事、菜園2号から長ネギを1本、持ち帰ることに成功したのである。しかし、戻ってきた私の獲物を見てLicは重要な指摘を行った。「“鰹のたたき”に長ネギ?」………あ。

 結局、先端部分の細いところを利用して事なきを得たのだが、余った根元の白い部分がなんだか寂しそうであった。いずれ食べてやらねば。


2002.5.28(Tue)

有事

 そういや数年前、護憲を旗印にした某政党の議員さんが、「日本が武力侵攻されたらあなたはどうするのか?」というニュアンスの質問にこんな風に答えていたのを思い出した。

 曰く、「国外に脱出し、世界に向けて平和を訴えてゆく」

 あぁ所詮自分が助かればいいのか、と、かなり脱力した記憶がある。

 そんなことを思い出したのも、近頃のアレが原因だ。
 たとえその瞬間、自分の敷地に陣地が設営されても、それがどうしたというのか。そうするのがもっとも適切というならば、そうするのが合理的なのだ。なにしろ敵に踏み越えられて迷惑を被るのは自分とその家族なのだから。その瞬間、権利侵害があったからといって、何が悪い。めでたく敵を退けたあとに、国費で“復旧”すればよいだけの話ではないか。未来永劫、その陣地が残るわけがなかろう。これは泥棒しても、そのあと盗んだものを返せばよいといったレベルの問題ではない。多くの人の命がかかっているときに、貴方はそれにどう向き合うのか、ということだろう。自分だけがよければ、それでいいのか?

 もちろん、このような事態に至らぬように、周到に他国とつきあっていかねばならないことは言うまでもないのだが、どうもこのへんのことと、そのへんのことを、意図的にごっちゃにするのは勘弁してほしいものである。


2002.5.29(Wed)

紫陽花

 我が家の裏庭には紫陽花が植わっている。北側に面する細い部分に、山紫陽花を中心に8〜9株。すべてが異なる品種なので、開花すると、色彩は一気に豊かになるのだった。

 今がまさに花は見頃。しかも植えてから6年を経過した株達は、思うがままに茂り、枝葉を伸ばし、花をそこここに咲かせていた。その凄まじさは、地面が見えないほどであった。

 しかしどんなに咲き誇っていても、裏庭のため、家人の目には滅多には触れることがない。おまけに猫避け用の『完璧な防壁』の外に裏庭が位置しているため、庭からアクセスすることもできず、ますます疎遠になってしまっている。もしもここに何か重要なモノが捨て置かれていても、たぶん気付くことはないだろう。満開であることを知ったのも、お隣の奥さんに教えられてのことという。

 せめて切り花にしてやらねば…。


2002.5.30(Thr)

蛍の川

 そろそろなんじゃないかと、最近よく川辺にクルマを停めて、闇夜に目を凝らしてみることが多い。蛍の光。蛍の乱舞は、まだなのか。ぐっと身を乗り出して、河原をくまなくサーチする。…だが、あの緑の光点は、一個たりとも発見できず。まだ時期が少し早いのかもしれない。

 みこりんは「あ、ほたる!」と何度か指さしてくれているのだが、あれは対向車のヘッドライトに一瞬照らされ浮かび上がった“蛾”ではないかと思われる。自ら発光しているのではないため、すぐに夜の闇にまぎれていってしまうのだった。

 3年前、ここでは蛍が無数に川面を舞っていた。そして昨年、河川改修工事が入り、蛍激減。今年は、蛍のもっとも密集していた場所にも工事の手が入った。影響がないはずはない。川底をさらい、新しい土砂でならしているため、貝とか“はいずり系”な生物だと、逃げるのは難しいだろう。

 工事看板にうたわれている“蛍保護(幼虫を捕獲し、保護しているらしい)”の成果が、少しでも効果を上げてくれればよいのだが。忘れずに幼虫の餌であるカワニナも保護しておいてくれていたなら、全滅だけは免れるんじゃなかろうか……と期待したい。


2002.5.31(Fri)

初夏の兆し

 新緑の五月も今日で終わり、夏も目前かと思うとついつい武者震ってしまう。

 2002年−夏

 なんていうのは本の中ではよく見かけたように思うが、それが現実のものになろうとは今更ながら“驚いて”いる。いいのか、本当に。という気さへする。

 みこりんも大きくなった。まるで何かの冗談のようだが、最近ようやく子供のいる生活に心底馴染み始めたような気分を味わっている。個性と個性のぶつかりあいを何度も経て、こうした実感はより強くなっていくのかもしれない。

 水に浸していた山椒の実は、結局、食べるタイミングを逸したらしく、口に入れることなく土へと還した。また来年、だ。


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